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この年2008年3月末に37年間のサラリーマン生活を定年退職したが、最近ではボランティアにも少しずつ関心が出てきたので、日本航空を利用する時は貧困に喘いでいる子供たちへの思いを込め、必ず機内の棚に保管されているUNICEFの封筒に100SGDを寄付している。
今年で日本・シンガポール就航50周年を迎え、そのセレモニーの一環として11月に国境なき合唱団チャリティーコンサートがシンガポールで開催されることを、9月の機内誌で知り参加することを決意した。

 

サラリーマン人生で全く異なる分野である船用エンジン、半導体分野で2回の企業内転職を経験しているが、ドイツだけは船用エンジン、半導体ともに駐在、出張する機会を与えられた私にとって第2の祖国の思いもあり、ドイツ語もかなりできるようになったと自負していた。そのドイツ語でベートーヴェン交響曲第九番合唱が歌えると言う、文字通り歓びを感じボランティア-でもあり参加する事に決めた。

 

参加応募してまもなく、事務局よりあなたはバスですかテノールですかとのメールにて問い合わせが来たが自分の声はどちらなのか不明と回答した。この時点でこれはおかしいなと判断をすればよかった。
また、事務局より第九合唱の楽譜が届けられたがこんなに長いのかとおもった。メロディーはおおよそ覚えていたが、CDから流れる第4楽章のどの部分を歌っているのか分らず、11月21日の練習の初日まで焦りを感じていた。合唱なので、♪Deiner Zauber bin den wieder… の歌詞もなかなか聞き取れない。

 

私の家からすぐにあるクレメンティ-日本人小学校で、11月25日に開催される本番に向けて21日(金)に練習が始まった。行ってみると若い女性が約40人、年配の男性が6人来られていた。指導者らしき人が現われ話を聞くと、どうも東京でも教えておられたようでシンガポールの参加される女性は若くて良いとのコメントも出された。まずはお腹から声をだすための体操、続いて発声練習があった。
私も学生時代野球部で、練習に気合をいれるために声を出せ、声を出せと声を出す練習もした経験もあり自信はあった。
いざ、ピアノを伴奏とした合唱練習が始まったが、楽譜が読めない私にとってはドイツ語は読めるが歌詞がどこに行っているのか、ついていけない。それに比べ、女性のソプラノ、アルト、テノール組は上手なこと!!上手なこと!!
練習中は自分の声がアガッタリー、サガッタリーどこを歌っているのか、バスですかテノールですかそれとも両方ですか?
約2時間半の夜間練習はキツイものとなった。

 

次の日22日(土)合唱の練習はあったが、ゴルフコンペの予定があり参加できなかった。仕事の疲れもありまた、合唱で普段使わない左脳(?)も使ったためかよく眠れなかったのは事実。22日の早朝、コンペに参加するメンバーから「江崎さん、疲れてますね。飲みすぎですか、それとも遊び過ぎ?」と数人から指摘されたが、まさかベートーヴェン交響曲第九番合唱で疲れたとも言えず・・・・・。
スタートホールはパー5、ところがなんという因縁か九を叩いた。これもベートーヴェンが与えてくれた魔力と思い、ラウンド中は、♪Deiner Zauber bin den wieder… メロディーが出てきてゴルフにならなかった。

 

ゴルフの表彰式も終わり、当時成田発JL719便にて当地に来る予定になっている家内を迎えにチャンギ空港まで行った。
不思議なことに、日本から参加される合唱団約100人の方も同じフライトであったのも偶然か?!。かなりの年配の方が降りて来られた。昨年はウィーンで開催されたが、この方達も参加されたようで元気溌剌な感じを受けた。ウィーンでは250人での合唱団になったと聞いた。
家内も25日(火)の本番を楽しみにしているようであり、不参加を言い出すのは苦しかったが音程を乱し調和を乱すことより、自分の気持ちだけのチャリティー・コンサートに参加した方が良いと判断し、苦しい思いをぶっつけた。予想どおり、「言ったでしょ!!貴方には無理って。少しドイツ語が出来るからと言って、合唱なんか歌えないのだから、5,120円で買った蝶ネクタイはどうするの!!」セメテ、もう少しがんばってみたらの励ましの言葉を疲れている私に言ってほしかった。

 

練習3日目の23日(日)朝9時より、クレメンティ-日本人小学校の体育館で日本から来られた約100人の方とシンガポールから参加された約50人の方が一同に集まり練習が予定されていた。
その練習の前に指導者である佐藤先生に今回は皆様方のレベルについて行けませんので、辞退させて頂きますと申し出た。

 

冒頭シンガポールでのボランティア-団体Crisis Relief Singaporeの事務局より、活動報告があった。最近ではインドネシア、マレーシア等の国を襲った津波、ミャンマーを襲ったサイクロンに援助したと報告があった。モットウとしては "Opening doors thorough God’s Love"の言葉があり、愛の手をさしのべませんかとの意味らしい。

 

合唱団と離れた場所で家内と聞いていたが、「これで先生も安心したわよ。変な声を出す人が居なくなったから。」隣りから、厳しい声も聞こえた。
練習の後半には、ソプラノ、アルト、テノール、バリトンのプロも参加しまた本番の指揮者も来られ合唱団らしくなったと思った。本番の前日24日(月)夜7時から、シンガポール大学の音楽ホールで、オーケストラも参加して本番さながらの練習があった。客席で一緒に見ていた家内は指揮者のエネルギッシュな指導に感心していたが、少しぐらいダンナが合唱団にいるイメージを持ってくれないのかと・・・。

 

25日(火)エスプラネードホールにて国境なき合唱団チャリティーコンサートが夜の7時半から開催された。

 

1部 日本の歌 赤とんぼ、ふるさと、川の流れのように、ソーラン節
     150人の合唱団による歌声は日本の四季、郷里等を思い出させてくれた。
2部 スペシャルゲスト 秋川雅史 独唱 イタリアの歌曲、及びグラナダ、千の風になって
     テノールの声でどの曲も素晴らしかったが、特にシンガポールを意識した「千の風になって」を中国語で歌って頂いたが、リズム、響きもばっちり合っていたようで本当に感激した。
3部 ベートーヴェン交響曲第九番合唱
     素人と思えない素晴らしい合唱が、エスプラネードに響き渡り観衆を魅了させた。

 

ドイツで生まれウィーンに渡ったベートーヴェンはシラーの言葉を音楽に纏め上げたいとの一心で作り上げたのは1823年の第九である。栄光と挫折、恋愛と失恋を体験したように残されているが、まるで私の人生と良く似ているようで共感がした。

 

昨年12月の成田行きの機内で、32年間日本航空を利用しているが生まれて初めてチーフスチュワーデスを泣かせた名文?!

「シンガポールでは、マレーシア、インドネシア、ミャンマー、バングラディシュ、インド、それに私日本人の7ヶ国から構成される多国籍企業の統括責任者として毎日奮闘しておりますが、世界平和、友好、それにボランティア-に少しでも貢献できれば、シンガポール駐在の使命が達成されるものと考えております。」

どうもチーフスチュワーデスが泣かれた理由はお父さんと私の社会人として歩んできた道が似ており、亡きお父さんを思い出されたようだ。

 

 

来年、国境なき合唱団は引続き別の都市で開催予定とのこと。
今度こそ、裏方ではなく桧舞台に立ってみせるぞ!!!

今回使わなかった5,120円の蝶ネクタイを持って。

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