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城所愛子様(フロイデコア)から、すばらしい俳句のご投稿を頂きました。
美しいクリスマスのウィーンの情景が懐かしく思い出されます・・・・。

 

  旅 立 ち の 弾 む 心 や 冬 帽 子
 
  冬 す ば る 世 界 に 響 く フ ロ イ デ コ ア
 
  シ ャ ガ ー ル の 赤 に と き め く 美 術 館
 
  焼 き た て の 露 天 の ワ ッ フ ル 冬 ぬ く し
 
  余 生 な お 託 す 夢 あ り 霜 月 夜

 ウィ-ンの「国境なき合唱団」に参加して、第2の人生の第一ゴールを達成した満足感に浸っていて、私の第九合唱への道を省みずに居られなくなった。

本当に良い企画に巡り会えたと思う。

私は昭和12年生まれで、小学校前から母が歌う唱歌などを訳も分らずよく歌っていたらしい。
母や姉達が大きくなったら歌手になるかとよくからかっていた由。高学年になると音楽好きで、
機械・算数好きがはっきりして来て、上級生が歌うなじみ易い歌を聞くと早く習いたいと思うし、
音楽教室から歌が聞こえると、先生の話など何も聞こえなかった。

中学では、外国の音楽、音楽家の事をより学ぶようになった。
日本・世界の状況としては中一(1949年)では生まれて初めての大洪水に見舞われ、
中二では朝鮮戦争が起こり、大変な時代であった。中三になると音楽もより高度になり、
音楽の教科書の最後近くには「歓喜」が載っていて、歌の名前としては聞いた事も無かったが、
とても有名なベートーヴェンのとても親しみやすい曲である事が分り、早くこの教科がここまで
進むのを期待する毎日であったが、どうしたことか、これより何曲も前までしか進まず、
卒業してしまう事になりとても残念に思った。
多分当時では「歓喜」を教える先生は居なかったのでは・・・・。

***

昨年70歳になり、海外旅行は元気なこの4~5年のうちにとの妻の主張、希望に任せて5月は東独→チェコ→オーストリア→ハンガリー、10月にはトルコ西半周の旅行を計画し、11月上旬には地元での第九が予定されているところに、11月末の「国境なき合唱団」の企画を発見し、予定が詰まってしまい一瞬の迷いはあったが、第九合唱の第一のゴールは、そのうちにベルリンかウィーンと希望を持っていた上に、「歌の翼に」で憧れの第九へ後押しして頂いた鮫島有美子さんが「国境なき合唱団」の第一部で出演される事を知り、即刻申込をした。

ここで初めて、人と人との出会いの重大さを思い知った。
二度と無いタイミングであり、神が巡り合わせてくれたと感謝している。

ソフトでやさしい歌声の主、鮫島有美子さんのお姿を間近で拝見し、直接言葉を交わし、
並んで写真を撮影できたのは、私にとって最高の喜びであった。

「国境なき合唱団」が恵まれない子どもたちへの支援と抱き合わせで活動していることで、
単に参加者者だけが幸せを独占するのではなく、不幸な人々にも幸せを分配することで、
参加者の心が救われる好ましい形だと思う。

日本人が第九を日本国内だけでなく、世界中に出て行って合唱するのは、シラーの歌詞の様に世界人類は皆兄弟であり、手を取り合い、抱きあい、紛争を解決したいという願い、祈りの心を世界に発信している事を、堂々と発表・主張して欲しい。

さて、合唱練習については第一部(さくらコア)と第二部(フロイデコア)で原則いずれかの
選択であったが、さくらコアは私にとって新しい曲もあり地方在住で練習参加が難しいため、
結局フロイデコアの選択となった。

合唱指導の佐藤一昭さんは初めてであったが、第九にしてもコアとなる固定的合唱団ではなく、
全国からの寄せ集めの殆ど素人を2ヶ月でまとめるのは大変ご苦労な事であったと推察したが、
とても良い人柄で、団員は勝手が分らず控え目に声を出すので、声は揃わず全体を纏めるのは
難しいものとなった。しかし本番となると、参加者は注意事項を守って精一杯の声を出し、
歌う人も視聴する人も大いに感動したと思う。

一般観光旅行では期間内に多くの観光を詰め込み、ホテルは毎日変わり、旅行中は長距離の
バスドライブに多くの時間を費やし、感心の無いところの観光について廻り、かつ参加者全体に
共通した関心事項が無く、必ずしも楽しい旅行では無いように思ったし、勝手に期待した音楽も
無かったのが前述の中央ヨーロッパやトルコ旅行であった。

それに対し、「国境なき合唱団」では参加者全員が共通の合唱という目的がしっかりしていて、
話題も共通していて、参加者が親しく話し合えてとても良い雰囲気で本当に楽しい旅行であった。

また、添乗員の方々はとても真剣に行き届いた気配りをされ、他の旅行に比しより楽しい旅であったし、ホテルに専用デスクを設けて充分なスタッフの丁寧な対応は、一般観光では考えられない良い企画であった。

本番の日は練習・ゲネプロで大体1日中詰まっていたが、その前の2日間は正午から午後は
練習で、午前中は小旅行、夕方からはオペラ・ワルツの鑑賞とその後の夕食・ワインに音楽が
ついてリクエストもでき、参加者は手拍子や声を出して音楽に合わせて、本当に打ち解けて
楽しむ事が出来たと思う。

本番そのものは感動一杯になり、その上にホテルでの打ち上げパーティには指揮者・ソリスト・合唱団の多くが参加し、写真を撮り合ったり大盛会であった。

 

この様な楽しい第九の第一のゴールとして、ウィーンの合唱を楽しむ事が出来たのは、
私にとっては生涯の大きな記念となった。

これも神が与えてくれたと感謝せずには居られないことであった。

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