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皆様、こんにちは。こにでございます。今日は前回に続き、第九の個人練習のお話。音取りの方ではなく、第九の歌詞の話ですん。
 
とはいえ、シラーがどういう想いでこの詞を書いたか?、とか、ベートーヴェンがこの詞をどう用いたか?とかいう歴史や解釈の話ではなく、かといって、ドイツ語のNとLの発音は難しい、とか、ウムラウトをどう発音するか、という話でもなく、折角ドイツで歌うんだから、ドイツ語の歌詞を理解しましょうよ、というお話(笑)。
 
んなこたー、とーぜんだろー!という方が多いとは思うのですが、こにさんが第九を歌い始めた頃はこーでした_| ̄|○ とゆー失敗談ということで御容赦くださいまし(_._)。
 
さて、実はこにさん米国で4年間ほど暮らしたことがあるのでバイリンガルです。但し日本語と英語です。なので、英語の歌を歌う時は英語のまんまで歌います。つまり英語を英語として理解して、頭の中での日本語への変換は一切ありません。でも第九はドイツ語です。わけわかりません。降参です_| ̄|○ でも日本語や英語の歌を歌う時のように、歌詞の言葉の流れと繋がりを理解して歌えると、もっと楽しいだろうな、と思うわけです。
 
なので日本語と英語以外の歌を歌う時は、じたばたと逐語訳を作ります。この逐語訳をもとに、歌詞をドイツ語として頭の中で再構成して、ドイツ語として歌おうという、いじましい根性です(^^;)。「ドイツ語は 夫婦喧嘩に さも似たり。 der(出る)のdas(出す)のと大騒ぎ。」とは、大学時代のドイツ語教授の名セリフですが(笑)、第九くらい日本でも人口に膾炙した曲だと、楽譜の最後に訳文だけじゃなくて、逐語訳と文法の対応まで載ってるから、大変ありがたい。(推奨楽譜とされているカワイ出版の楽譜の66page-67pageを御覧ください)
 
前回の寄稿で、ドイツ人による歌詞朗読が収録されてるCDがあって、その朗読を聞くと、なるほど、そーかー、と思うことが多々あると書きましたが、更にこの逐語訳と合わせて聞くと、ドイツ語が天敵とゆーこにさんは、目から鱗という点が一杯あったのですよね(^^;)。
 
まず、歌詞が呪文ではなくなります(^^;)。実は今、国境なき合唱団とは別に参加している合唱団の定期演奏会に向けて、オルフの「カルミナ・ブラーナ」から何曲かを暗譜しようとしてるんですが、こっちはラテン語で、かつ “Gloria in excelsis Deo.”みたいな馴染みある祈祷文じゃないから、もうまったく言語として頭に入ってきません_| ̄|○ ほとんどビビディバビディブーの世界です(^^;)。その点ドイツ語はラテン語よりは英語に近いので、単語の意味も前後関係も理解しやすい。”Tochter aus Elysium”は “daughter from heaven(ちょっと違うけど)”ですから、歌い方も自然と気をつけるようになります。
 
次に妙な切り方をしなくなる(笑)。こにさんの場合、第九を歌い始めた頃は、意味わかんない上に、歌いやすいもんだから、”Freude, schoner Gotterfunken”を、「フロイデシェーネ、ゲーテルフンケン」と歌ってました(^^;)。日本語の歌詞「は~れ~た~る~、あ~お~ぞ~ら~」のノリですな(笑)。おひおひ、それって、”Freude(喜びよ), schoner Gotter-funken(美しき神々の輝きよ)”でしょーが(^^;)。どこに「喜びよ美しき、神々の輝きよ」と切る奴がいんのよ(^^;)、と、昔の自分に突っ込み入れてます。
 
のっけからこれですから、”Wir betreten feuertrunken.”の最初を、”ヴィーベ、トゥリーテン”と切ったり、”Seid umschlungen, Millionen!”の最初を、”ザイトゥム、シュルンゲン”って切ったり、もう好き放題(^^;)。単語が分かってくると、「ここではきものをおぬぎください」を「ここで、はきものをおぬぎください」と切ることはあっても、「ここではき、ものをおぬぎください」とは切らなくなります_| ̄|○ ましてや”Seid umschlungen”=”be embrace!”つまり「抱き合え!」を「いだ、きあえ!」とは切らないですから(^^;)。
 
んで、歌に情感を乗せ易くなる。”Uber Sternen mus er wohnen.”を”above the stars must he(God) stay”と(英語の構文としてはヘンですが、英語でも古語ってこんな感じ多いです。『スター・ウォーズ』のヨーダの台詞を聞いてみてください)、と理解すれば、自然にmus=must、つまり「必ずや」を強調するようになりますし、楽譜の強弱記号やスフォルツァンドの意図が分かるようになってきます。こうなるとしめたもので、もうガンガン歌うようになってくるのですねー。ここまできて初めて、歌詞ときちんと伝える為に、ドイツ語の発音を明確にという練習が活きてくるのではないかと。(それはそれで、すっごく大変なんですけどねー_| ̄|○)
 
とゆーわけで、今年もじたばた「ドイツ語で」歌う練習してます(^^;)。今年もどうぞ宜しくお願いいたしますー。
 
ではでは、またね
こに

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皆様、こんにちは。お元気ですか?早くも夏バテのこにでございますorz。暑くなったり涼しくなったり、晴れたり曇ったり降ったりだけど湿度だけはきっちり高い日本の夏ですねーorz。皆様、御自愛下さい。さて、8/15(土)の出発前集合練習の第1回まで1ヶ月を切ったここらで、第九の個人練習の話をしよっかなと思います。
 
歌った経験のある方には首を縦にぶんぶん振って頷いて頂けると思うのですが、第九を歌うのって本当に大変です。ベートーヴェン先生、歌い手のことなんかなんも考えてくれてない、とゆーか、楽器のつもりでコーラス譜書いてるんじゃないかと。こにさんが歌ってるテノールなんて、のっけからコレですよ(^^;)。
 

   (IMSPLで公開されているパブリックドメインから抜粋)
 
先生、なんですか、この跳躍は?(^^;)。いきなりオクターブですかい?(^^;)。でもって調子いいところで、また大跳躍ですかい?(^^;)。声帯コントロールの限界に挑戦しろとでも?(^^;)。っと、こんな調子で最後まで怒涛のように続いていくわけで、もうね、こにさん降参ですよ(笑)。
 
余談ながら、今回オペラ公演に参加して実感したのは、合唱やる人と楽器やる人はアプローチが違うんだなー、ということ。歌やってる人ってまず自分のパートのフレーズがあって、それが和声を作っていくのを感じていくじゃないですか。でも楽器やる人って、まず和声から入るみたいなんですよねー。ここの和音はE#だから、そこにハマる音がなぜ出せないと。。。和声的に楽譜を見ると、なるほど、そういう各パートの音の配置かー、とか思うのですが、フレーズで歌うのがまず最初という歌うたいには、とっても大変orz。
 
なので、これをせめてベストの状態で歌いこなす為には、毎週末の集合練習だけじゃダメで、個人練習で歌い込まないと歌えまへん。とはいえ、個人練習って、どこでどうやったものか。。。
 
こにさんの学生時代の個人練習といえば、大学の練習室に忍び込んで、弾けないピアノを前に、楽譜と睨めっこしながら単音で音を拾うしか方法がなかったわけですが、時代は変わったもので、今は第九の練習CDなんてものがあるんですね。一昨年、ウィーン行きを決めたその日に第九の楽譜と一緒に練習CDを買いましたよ(笑)。練習CDも何種類かあるんですが、こにさんが試したのはこの2つ。 
        
    ショパン社から発売されてる練習用CD (パート別CD)
    荒谷俊治先生の御指導。ピアノは田島葉子先生
        
    SONY Music Entertainmentから発売されてる練習用CD (1枚に全パート収録)
    小松一彦先生監修。尾高忠明指揮/東京フィルハーモニー管弦楽団
 
どちらも各パートを歌ってくださるお手本があって、それに合わせて歌うのがメイン。ショパン社の方は音程無しのリズム読み練習なんてもの入ってて、特にドッペルフーガのところの練習にいーかも。SONYさんの方は、尾高先生指揮する東京フィルに、なんと豊田喜代美、大藤裕子、小林一男、勝部太というソリスト陣がソロを歌う、超豪華合唱用カラオケ付(笑)。気持ちいいっすよー、このカラオケで通し練習すると(爆)。
 
あとSONYさんのでいいのは、ドイツ人による歌詞朗読が収録されてること。第九って、ともすると寿限無寿限無になっちゃいません?(^^;)。シラーの詩として朗読してくれると、なるほど、そーかー、と思うことが多々あります。プロのドイツ歌曲歌いさんが、「ドイツ語は語る言葉だから、それを大切に歌うこと」と、どこかで言われていたような気がするのですが、ホントです。
 
ということで、この2枚のCDを元に練習を始めたわけですが、なんかなー。これは個人差があると思うのですが、こにさんの場合は、歌い手さんの実声だと、微妙にピッチやテンポが揺れるので、イマイチなのですよ。なんか音がパキっとしてないとゆーか、合わせづらいとゆーか。特にテノールの場合、あー、そのー、なにもそこまで声張って頑張らなくてもー、とか、そこひょっとして低くね?とか(笑)ってのが気になって(^^;)。
 
でまぁ、こういう時代だから「ひょっとしてMIDI(コンピュータ音源)って手があるかも」と思い、google先生にお伺いを立ててみたら、あるある(^^;)。こんなのとかこんなのとか、他にも色々な合唱団が練習用のMIDIファイルを公開しておるのですねぇ。いい時代になったものです。
 
そんななかで、これは素晴らしいと実感したのが、愛知県豊橋市の男声合唱団「ふんけんクラブ」の音取り練習用音源。MIDIで作成したものをMP3ファイル(つまりiPodのようなデジタルプレーヤーで再生できる一番ポピュラーな形式ですね)にして一般公開して下さっています。コンピュータ音源なので、ピッチやリズムは完璧です。しかもピアノ伴奏が本当のピアノの音色がしていて、歌い易いったらありゃしない。第九の合唱を部分部分に分割して収録しているので、集中練習にも便利。本当に良く考えて作成されています。
 
今回、この記事を書くにあたって、ふんけんクラブの代表者の方に、リンクを貼って紹介する許可を頂きましたので、是非ご活用下さい(^^)/。音取り音源ページはこちらです。尚、ふんけんクラブでは、ビール共通券と引換えに、この音源をCDに焼いて郵送してくださるサービスも行われてます(^^)。
 
さて、こにさんの場合、このMP3ファイルを携帯電話に転送したですよ。で、毎日の通勤時にヘッドフォンで聴くわけ。いわゆる耳コピですね(笑)。でも、経験から申し上げますが、聴いてるだけじゃダメ。当たり前のことですが、やはり声を出して、何回も何回も何回も練習しないと、歌えるようにはなりません。
 
それにはまず、声を出して練習できる場所を確保しなければなりません。でもやっぱね、仕事持つ身だと、深夜のおうちで大声出して練習するわけにはいかんのですよ。(小さい声じゃ、逆効果だしね)。うむー、近くの大学の練習室の忍び込むか?それともレッスン室を時間借りするか?いずれにせよ、夜遅くだとダメだしなー、っと最初は悩んでたものですが、なんだ、心おきなく大声出して歌える場所って、どこにでもあるじゃん、っと思いあたりました。そう、カラオケボックスです(笑)。もうそこらじゅうにあります。深夜どころか徹夜でもおっけです。一人なら恐ろしく安いです。ドリンクまでついてきます(爆)。まぁ、音がギンギンにライブなハコなので、声楽の練習には宜しく無いのですが、背に腹は変えられないということで(^^;)。
 
カラオケボックスによっては、CDやDVD持ち込み可というところもありますから、練習用CDを持ってって練習することができますが、こにさんの場合は、携帯電話とカラオケ装置をケーブルで繋いで、練習音源をカラオケボックスのスピーカから流してます。歌ってみて、納得いかないことろを繰り返し繰り返し練習するのも、手元の携帯電話の音楽プレイヤーで操作できるから、とっても便利。
 
とはいえ、難しいパッセージとか下がりやすい音とか、一音一音確認しながら練習するには、やっぱりなんか楽器が必要ですねー。そもそも発声練習に必要だし。できればお手軽なピアノが無いかな?と思った時、頭に浮かんだのが、いつかネットで見たロールピアノ。調べてみたら山野楽器がOEM販売してるようですが、新星堂など多くの楽器屋さんでも扱っていて、値段も1万円ちょいと手頃。和音もちゃんと出るんですよー。で、くるくるっと丸めて持ち運びできるので、とっても便利。なので、第九の練習時期のこにさんの通勤かばんには、このロールピアノと楽譜が入っています(笑)。オフィスの同僚は想像もしてないだろうなぁ(^^;)。
      
           こんなの                  丸めたとこ
  
というわけで、通勤時の持ち物が増えたのはロールピアノと楽譜くらいで、それも通勤かばんにすっぽり入りますし、カラオケボックスは日本全国にはびこってますから、もうどこでも練習できる(笑)。会社帰りにカラオケボックスで夜な夜な第九のテノールを歌うのが、毎年この時期の風物詩となりつつあります(笑)。
 
ところで、第九の合唱を何度もステージで歌っているから大丈夫とお思いの方も、沢山いらっしゃると思います。でもね、ステージ慣れ症候群とでも言うのでしょうか(笑)、何度もステージの場数をこなしているうちに、間違った音を覚え込んじゃてることもあるんですねー。なんせ冒頭に書いたベートーヴェン先生の和声ありきの作曲です。歌いやすいフレーズに脳内変換しちゃっったりしてることが往々にしてある。で、これはベテランの方に多いです(^^;)。この機会に、さらい直してみると発見があるかもです(^^)/。
 
ということで、8/15に皆様と自信を持って一緒に歌えるのを楽しみにしていまーす(^^)/
 
ではでは、またね、
こに

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皆様、こんにちは。こにでございます。今年のチャリティコンサートツアーは、世界の子供たちの為のチャリティーを募るという目的と共に、ベルリンの壁崩壊20周年を祝うという趣旨があります。

 
そこで、ここらでベルリンの壁崩壊の歴史的意義をおさらいしておくのも悪くないかなと思い、「こにめも」3回目の今日は、ベルリンの壁の話をしたいと思います。ブラームスの「大学祝典序曲」など流しながらお読みください(笑)。
 
## 尚、最初にお断りしておきますが、この投稿で使う図版や写真は、すべてウィキメディア・
## コモンズで公開されているフリーユースのものばかりです。念の為。
  
勉強と折り合いの悪かったこにさんは、随分長い間、ベルリンの壁って、西ドイツと東ドイツの国境にあるもんだとばかり思ってました(^^;)。いきおいベルリンという街も西ドイツと東ドイツの国境上にあるもんだと(笑)。だぁって、ベルリンの壁がベルリンの街を分断してるんでしょ?ベルリンの壁ってドイツを東西に分断してるんでしょ? なら、ベルリンは西ドイツと東ドイツの国境上にないと、おかしーじゃん、というわけです(^^;)。
 
あまつさえ、「鉄のカーテン」というキーワードとごっちゃになって、そーかー、東西ドイツの国境には鉄の壁がそびえているのかー、そりゃ越えられないわなー、などどアホなことを漠然と思っておったのであります(笑)。
  
だがしかし、事実は皆様御承知の通り、ベルリンは旧東ドイツにあります。
 
    
            [分割統治されたドイツ]             [分割統治されたベルリン]
  
第二次世界大戦終結直後、ドイツの東側はソ連の管轄となり、ドイツの首都だったベルリンは、そのソ連管轄エリアの中で、更にソ連と英米仏連合国の管轄に区分されたのですね。この東西陣営の管轄が、そのまんま東ドイツ、西ドイツになった。つまり西ベルリンというのは、東ドイツの中の西側飛び地だった、もっと言えば、西ベルリンは、ソ連を名主とする東側諸国の中にぽつんと浮かぶ、西側の島だったわけです。
 
ただ、ひとつの街が東西に分けられたとはいえ、長い間、東西ベルリンの往来は可能で、西に住んで東に通勤するとか、その逆の人もいたとのこと。この往来の自由さ故に、東ドイツの人が、ベルリン経由で西ドイツに流出。その数、毎年数万から数十万だったとか。
 
この農民や技術者の大量流出が、東ドイツ経済に与える打撃を減らす為に、とゆーか、東側諸国から西側への人口流出を憂慮した誰かさんが、これを阻止する為に、1961年にいきなり作ったのがベルリンの壁。最初は有刺鉄線とはいえ、文字通り一夜にして完成させたというのですから、気合の入れ方が違います。なので、壁というと、こにさんなど、ただまっつぐ続いているだけという印象を持っていたのですが、実はベルリンの壁って、西ベルリン全体を取り囲む壁だったのですねぇ。
 
    
   [黄色のマーカーがベルリンの壁]
   
この壁を通過する道路上の国境検問所がチェックポイント。なかでも有名なのがチェックポイント・チャーリーですね。1960年代、東西冷戦緊張の高まりの中、ベルリンは東西スパイが暗躍するスパイ小説や映画の舞台となりました。曰く「寒い国から帰ったスパイ」、曰く「さらばベルリンの灯よ」。60年代に子供時代を送ったこにさんは、だから、ベルリンと聞くと、冷たい雨がしとしとと降りそぼる夜の石畳、というイメージなのです。
 
東からこの壁を越えようとして逮捕された人3000名以上、国境警備隊に狙撃されて命を落とした人は192名。1961年から1989年までの28年間という長きに渡り、ベルリンの壁は、東西冷戦の象徴とされてきました。特にブランデンブルグ門の前の壁は、随分西側の政治的アピールに使われましたね。

          
        [1987.6.12 レーガン大統領の演説 “Tear down this wall”]
  
ベルリンの壁が冷戦の象徴であるからこそ、その崩壊は冷戦の終結に直結するわけで、壁崩壊の原因となったのは、もちろんゴルビーことゴルバチョフ。簡単にまとめると;
 
ゴルビー、ペレストロイカ始める→東欧諸国で民主革命が起きる→ベルリンに壁を命がけで越えなくても西側に出られるルートが出来る→東ベルリンの市民、壁の開放を迫る→東ドイツのホーネッカー困る→でもゴルビーは知らん顔→1989年10月18日、ホーネッカー失脚、東ドイツ国内外の混乱の中、1989年11月9日、西ドイツへのビザ発行規制緩和の法案が通る。
 
っと、ここまでは、ペレストロイカが始まった時点で、ある程度予想された歴史の流れなんですが、あのベルリンの壁崩壊のドラマを生む決め手になったのは、このビザ発行規制緩和を発表する1989年11月9日19:00の記者会見でした。
 
政府の審議を通過した法案は、「11月10日からベルリンの壁をのぞく国境通過点から出国のビザが大幅に緩和される」というもの。ところが、記者会見に臨んだ東ドイツ政府報道官シャポウスキーは、この会議に出席していなくて、よく内容を把握しないまま記者会見の臨んでしまい、「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」と誤って発表しちゃった。あまつさえ、資料にいつから施行されるのかが書かれていなかったのに、「いつから発行するのか?」という記者からの質問に、「私の認識する限り、直ちにです」と答えちゃった。
 
これがテレビの生放送で流れたものだから、東西ベルリン市民はびっくり。28年間、絶対に超えられなかったベルリンの壁を通れるの?東西ベルリン市民は半信半疑でベルリンの壁に集まりはじめ、何の連絡も受けていない国境警備隊と対立。21時頃には数万人が東ベルリン側でゲートに詰めかけ、「開けろ」コールが地鳴りのように響きわたる。深夜0時前、とうとう警備隊は群衆に屈し、ゲート開放が行われ、東西ベルリンの国境は、ついに開放されました。
 
東ベルリンの群集は、ブンダバーと叫びながら西ベルリンに雪崩れ込み、西ベルリンの群集がそれを歓迎して、抱き合うわ、踊るわの大騒ぎとなったのは、ニュース映像で御存知の通り。あまつさえ、数時間後の11月10日未明になると、どこからともなくハンマーや建築機械が持ち出され、東西ベルリン市民は壁を破壊しはじめました。当然ですが、よっぽど壁が憎かったんですねぇ。
 
    
 
120px-Berlin_Wall_sections_at_Freedom_Park_b.jpg

崩壊ボタン

  ちょいとここに「ベルリンの壁崩壊ボタン」を設置してみました(笑)。クリックするとベルリンの壁が崩壊します。ついでに他のものも崩壊しますが、気にしないでください(笑)。ブラウザ右の上下バーをゆすってやると、更に面白いです。(ちなみに、右のエントリー一覧からこの記事を選んで単独表示した方が、オモシロ効果が増大します)
 
これはウィルスの類ではありませんので御心配なく(^^)。慌てず騒がず、ブラウザのアドレスバー横の再読込ボタンを押すか、戻るボタンを押して、もう一度この記事を選べば、もとに戻ります。
 
さて、ベルリンの壁崩壊の歓喜と感動は、東西ドイツ統一、ひいては冷戦を終結させる原動力となります。
 -同年12月3日、マルタ会談で、米国のブッシュ、ソ連のゴルバチョフが冷戦の終結を宣言。
 -12月25日、バーンスタインが壁崩壊を祝うベートーヴェン第九演奏会をベルリンで開催
 -壁崩壊から1年も経たない1990年10月3日、東西ドイツが正式に統一。
 -そして、翌1991年12月25日のソ連解体へと史は大きく動いて行きます。
 
バーンスタインのベルリンの壁崩壊を祝う演奏会だけでなく、東西ドイツ統一式典で演奏されたのも、ベートーヴェンの第九。ベルリンの壁崩壊、東西ドイツの統一、そして冷戦の終結。”Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt; Alle Menschen werden Bruder, Wo dein sanfter Flugel weilt.” (喜びよ、汝の力は時の流れが厳しく切り離したものを再び繋ぎあわせる。汝の翼の下に人は皆兄弟となるのだ!)という歌詞が、これほどふさわしいものは無いでしょう。
  
こうした歴史を胸に、バーンスタインが第九を演奏したコンチェルトハウスで、皆さんと第九を歌えるのを、とても楽しみにしています。まだ申込みしてないけど、どしよかな?と思ってるあなたも、ここをクリックして、是非御一緒しましょう(^^)/。
  
## 今回の記事は、主にwikipediaの「ベルリンの壁」「ベルリンの壁崩壊」を参考に書かせて
## 頂きました。
## 「ベルリンの壁崩壊ボタン」は、にとよんさんのブログ「てっく煮ブログ」の記事、「ワリオランドシェイクみたいに HTML が崩壊するブックマークレット(とそのソースコード)」を利用させて頂いてます。
## ここで紹介されているブックマークレットは、どのページでも遊べますので、お楽しみ下さい(^^)。
   

ではでは、またね
こに

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みなさま、こんにちは。

今日は1年に1度の七夕ですね。
毎年、雨となってしまうこの日を、「梅雨だからなぁ・・・」
とあきらめていましたが、今年は、ここ横浜はめずらしく良い天気です。
という事で、仕事の合間の貴重なランチタイム、友人と象の鼻パークまで、お弁当を持って、
ピクニック気分です。
さすがに、沢山の人たちで、にぎわっていました。
高齢者の写真同好会(多分・・・)、小学生の課外授業、横浜開国博Y150に来られた観光客・・・。
みんなとても楽しそう。
笹の葉に、短冊を飾る子供の姿も。
どんな願い事をしているのかな。あっ、織姫と彦星が会えますように・・・だって♪
なんだか、ちょっと微笑ましくもあり、うれしくもありです。

今日の朝刊で、こんな文章を見つけました。
「きょうは七夕、織姫と彦星を隔てる天の川よりも、橋をかけるのがむずかしい川が地上にはある。
人の心と心を隔てる川に「木の橋を」・・・胸の短冊に書いてみる。」
ドキリとしました。

私たち合唱団の七夕は、今年は10月22日になりました。
色々な思いを抱いて、恵まれない子供たちを思い、友人を家族を思い、
2度とないこの日が最高の日となるように、みんなで頑張りましょう!
それぞれの心に、たくさんの「木の橋」がかかる事を願います。

まずは、8月15日の初日に、お会いできるのを、楽しみにしています。

TANABATAのyasukoより

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私の住む街では、
今年の七夕は、あいにくの曇り空です。
年に一度の逢瀬は、雲の上。
恥ずかしがりやの お二人なのでしょうね。

ところで、
楽譜が届きましたね。
オプショナルツアーを選ぶより、
昨年の日本の歌に加わった2曲を見て、あせっています。

『ベルリンの風』って、にこにこしながら軽やかに手拍子する曲、
という認識しかなかったので、へへへ。

飛行機のチケットも手に入れました。

みなさまにお会いできるのを、楽しみにしています。

TANABATAのYOSSYより

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